おしゃぶりによる身体の力学的対応「おしゃぶりは善・指吸いは悪」

 あなたの子供やお孫さんの大泉門(前頭部にありペコペコと動いている場所)は、きちっと閉じていますか? 通常は生後15~16カ月でふさがりますが、最近は閉鎖の遅い子供が増えているといわれています。この現象は何に起因しているのでしょうか。実はこれは歯並びが悪くなるといった誤った理由から、おしゃぶりを早くから取り上げてしまうことと関係しているようです。当院の患者さんに話すと「えっ、おしゃぶりは良くないんじゃないの」と驚かれる方が多いのに困惑してしまいます。
 前にも少し述べましたが、骨組織は力学的対応をします。例えば、宇宙飛行士がスペースシャトルで大気圏外に出て、無重力状態で数日過ごして帰還しますと、体が重く感じるというコメントを耳にします。帰還後、筋力はいくぶんか早く回復するようですが、この時の後遺症として骨粗鬆症に悩まされている飛行士がテレビで紹介されていたのをご覧になった方もあると思います。
 つまり、身体とくに骨は重力によってその密度や形状を保っているのです。私の行った研究のなかに、シャーレにマウスの骨片を入れ、3つの条件で培養したことがあります。(1)培養液に骨片を入れ圧をかけないよう蓋をしただけのもの。(2)はその蓋を1グラムの力で上に引き上げ引圧にしたもの。(3)は蓋に1グラムの重りを乗せ圧を加えたものの三種類を用いて実験しました。
 実験(1)の何も圧をかけない場合は48時間後も骨組織は生きていましたが、(2)の引圧にした場合は骨組織はすべて死んでしまいました。そして(3)の圧をかけた場合は、何と骨組織は増殖していたという結果が得られたのです。この事実は宇宙飛行士の生体内で起こっているであろう骨破壊、つまり骨粗鬆症の裏付けでもあります。重力や圧力は骨を丈夫にし、無重力や引圧は骨を破壊するのです。この事実は前回の枕のところで述べたように、けん引力は頚椎の骨破壊につながる理由であり、非常に重大なことなのです。
 我々の身体は心臓が拍動してもどこからも血が吹き出すことがない閉鎖系です。また、子供の大泉門を閉じるのには頭蓋骨の増殖が必要なことはいうまでもありません。そのためには前述の実験から頭蓋骨に圧力をかけることが有効な手段となります。その時に威力を発揮するのがおしゃぶりといえます。
 皆さんもご存じでしょうが、おしゃぶりをすることによりパスカルの法則が作用します。パスカルの法則とは、閉鎖系において1点に作用した圧力はすべてに同じ圧力として伝わるという理論で、例えばボールに水を入れその表面に小さな同じ穴をあけ圧迫すると、水は同じ圧力で押され同じように飛び出すというものです。この理論に基づいて、おしゃぶりをすることにより、頭蓋骨に圧力を加えることができるのです。
 それでは、吸いさえすれば何にでも良いのかということになります。例えば指吸いでも良いのではないかということになります。確かに、指吸いでも大泉門にかかる圧力を得ることはでき大泉門は閉じやすくなりますが、その反作用として上顎前突・開咬などの不正咬合を惹起(じゃっき)します。指は骨があり固いこと、厚みがあること、前歯部が動くのを止めることなどの理由のためです。この現象は作用・反作用の法則により起こります。
 また、よく袖や布団、毛布を吸うケースもありますが、これは指吸いとほぼ同じことです。おしゃぶりは柔らかいこと、厚みが薄いこと、前歯部を止めるストッパーがあり吸引しやすいので吸引力が増します。その結果、頭蓋をはじめとする全身により強い圧力をかけられることになり、骨組織の増殖を助けることになります。おしゃぶりが日本では歯並びが悪くなるから使わないようにといわれた背景には、指吸いとおしゃぶりを混同して論じられたことが、まことしやかに伝わった結果によるところが大きいのです。次回は血圧について述べる予定です。

mn18