脳卒中について「細胞の死はサフランで」

 皆さんは昨日、何を食べたか覚えていますか? こういった記憶は大脳の海馬というところが大きく関与しています。海馬は記憶、学習の成立に重要な働きをしているところです。したがって、海馬の神経活動を高める作用を持つ薬物が発見できれば、抗痴呆薬の有力な候補になる可能性があります。海馬は新しい記憶を獲得するために重要な働きを担う脳の重要な一部なのです。
 この事案が判明したのは、がん患者の海馬を手術で除去したときです。その患者が同じ本を何回も繰り返し読んでもなかなか記憶できなかったので調べたところ、海馬が壊れると新しい記憶が獲得できないことが分かったのです。近年は、脳梗塞(こうそく)やアルツハイマー病の患者の海馬が萎縮したり、神経細胞が脱落していることが認められて、いっそう海馬の重要性が指摘されています。
 今までに述べましたように、神経細胞は外からの刺激によって突起を伸ばし、またシナプスを作って、ネットワークを高度に構築していきます。これが脳の可塑性です。海馬へは大脳皮質からの神経細胞の軸策(長い突起)が束になって入ってきています。神経繊維の束は海馬の中で3回シナプスを形成して、また大脳皮質に戻っていきます。その間にシナプスの伝達効率がアップし、神経の活動電位が高まり、再び大脳皮質へ戻った情報は記憶として刻み込まれます。この過程において海馬は情報の伝達効率を高め、神経の活動電位を高めて、記憶に重要な役割を果たすと考えられています。
 また、中医学にある数千種の薬草の由来や効能などをまとめた「中薬大事典」という書物がありますが、これには「健忘」に対する処方として「千全万」「玉霊膏」「閉心散」などが記されています。これらは科学的に活性成分の同定やその作用機序について検証されたものはほとんどありませんが、「蔵紅花(サフラン)」の項に「効用主治」として凝血を除き、浄血、鎮静などの作用があるほか、「恍惚」にも有効とあります。つまり、中医は昔からサフランが痴呆に良いことを知っていたのです。
 中国でサフランを蔵紅花と書くのは「チベット(蔵)で栽培される紅い花」という意味からです。明の時代に季時珍という薬物学者が著した書物「本草綱目」には、サフランは「心憂鬱積、気聞して散ぜぬものに血を清かす。久しく服すれば精神を愉快にし、また驚悸を治す」と記されています。つまり、人がウツ状態になったりヒステリーを起こしたり、あるいはボケたりしたような時に、サフランが効くと書かれています。そこで東大薬学部の斎藤洋教授、九州大薬学部の正山征洋教授の共同研究で、サフランの脳に対する作用を科学的に調べられたところ、すばらしい効果のあることがわかりました。
 サフランは南ヨーロッパの原産で、サフラン属アヤメ科の多年草です。古くから薬として用いられ、心臓を強くし、肺の障害を除き、頭脳を明晰にし、五感の働きを活発にし、眠気を払い、人を陽気にさせると、薬物書に書かれています。有名なディオスコリデスの薬物書には二日酔い、血行不良、子宮癌、便通、強精などに用いると記されています。ギリシャ時代にはサフランが催淫剤として用いられたという記述もあります。中国へは13世紀頃に伝わったといわれます。また、近年はサフランの抗腫瘍活性や動脈硬化、高脂血症、肝障害などに対する改善作用、あるいは血管拡張作用なども報告されています。
 では、サフランエキス「クロシン」がどのように効いたかといいますと、神経細胞を一定の強さで刺激すると、刺激に応じて活動しますが、あるところで強い刺激を与えると、神経細胞の活動電位が著しく上昇します。これは長期増強現象といわれ、記憶学習が獲得される際に起きる重要な基礎過程の現象と考えられます。アルコールを用いたマウスの実験で、海馬での伝達効率がアルコールによって抑制されることが確認されました。つまり10%、20%、30%と濃度の違うアルコール溶液をマウスに飲ませたところ、用量依存的に(濃いアルコール溶液を飲ませるほど)海馬の神経細胞の活動電位(長期増強)が低下しました。これはアルコールによって記憶が阻害されたという証明になります。これを個体レベルで世界で初めて調べたのが斎藤教授、正山教授の共同研究です。人間でも酒を飲み過ぎたときは「昨日のことは全然覚えていないよ」ということがよくあります。これはアルコールが記憶の獲得を阻害したためと考えられます。
 最後に、痴呆症の自己チェック法を簡単に記しておきます。次のテスト文を一度じっくり読み、(A)直後に文章を見ないで覚えている単語をすべて復唱してみます。また、(B)30分後に再び復唱し覚えている単語の数を記憶します。
 テスト文「1週間・前の・昼の・12時頃に・泊駅で偶然・高校時代の・友人・斎木君・に会いました・周りには・天気がよいのに・傘を持って・六分子構造水を持っている人が・多くいました・近くのスーパーには・お盆と・開店10周年記念の・出血大売り出しの・旗が立っていました。」
 評価方法はAとBとを比べ、BがAより大幅に少なく、0とか1、2単語になっていたら要注意。大丈夫な人の痴呆はAが6~14単語、Bが5~11単語といわれます。物忘れを防ぎ記憶力を高めるには、日常こまめにメモをつける、日記をつける、頭の中で絵を描いてイメージで覚える、何度も復唱する、自分の良く知っていることと関連づけて覚える、語呂合わせで覚えるなどです。これらに気をつけて生活されることをお勧めします。

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